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 ■ 列伝モード・魏伝


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 ▼夏侯惇伝▼

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内容

 ▼典韋伝▼

悪来的視点  〜宛城死守戦〜

陥穽


文責:betti


白、白、白……
 

 総身を貫いた衝撃は背後から全身の筋肉と神経を引っ張った。

まるで心の臓から身体をひっくり返されたかのような感覚だった。

気味の悪さはこれ以上のものを知らず、何度と無く暗転する視界は現状を報せてはくれない。

 自分は立っているのだろうか、それとも膝を、それとも……生きているのか?

 ただ口の中から、魂が飛び出ているという奇妙な感覚だけは現実と思われた。

 このまま、飛んでいくのか?

 普段なら納得しない結論であったがこの時ばかりはそれを認めていた。

 足下からぞろぞろと這い上がってくる冷え切った感触は心臓を絡め取るのに充分な説得力を持っていた。

だがそれらの認識が消え去る寸前、がさりとした感触に思い出すものがあった。

*     *     *
 
 轟々と燃える炎、日中の明るさを思わせる程の壮大果敢な破壊の紅色、煙る視界の奥からは何かの爆ぜる音が混ざる。

普段はひんやりとして冷厳な空気を形成する石畳も、今は紅蓮の橙色に染まり、四方からの輝きは魂を焦がす熱気を運んでくる。

 天を臨めば叢雲すらも橙に呑まれている、足下に立つ大地がそれを拒めようか。

 そして、迫りくる視界に飛び込んでくる現実。

「第二射、放てぇ!!」

 咄嗟に地面を叩き蹴って横に飛び退いていた。

 斉射された矢は目標を失い、硬い石畳に弾かれ、乾いた音を立てて転がる。

 だが指揮者と思しき男は素早く獲物の動きを追い掛け、これを逃さまいとした。が、その動きが、獲物は逃走するものと決めてかかった甘さであると気付いたか。

 それとも獲物と思った男の意外な敏捷さのためであったか。

 数呼吸で指揮官以下、弓兵隊は獲物を撃ち抜く間もなく、壊滅していた。

*     *     *
 
「来やがれ、悪来の二つ名は、伊達じゃねぇぜ!!」
 

 叫びながら典韋自身、今の啖呵が自分に向けられたものであると確認せざるを得なかった。

 先程の衝撃。

 背中に突き立った矢、撃ち抜かれた激痛は全身に打ち込まれた楔を思わせた。

身体を疾る意識はぎりぎりと締め上げられ、手足の先からびりびりとした痺れと、這い上がってくる暗闇の色をした死の実感に、全身を硬直させる恐怖に襲われる。
 だがそれでもそろそろと構え直す。

 右手に握る、牛の頭を模した斧。

 左手に握る、馬の頭を模した盾。

 この実感こそが飛び往く己の命を留めた。まさに、戦う事の象徴であり、抗うための最後の武器であった。

 周囲を見回せば敵だけ。だらけではない、だけなのだ。

 典韋自身、自らの頬に皺が寄るのを感じていた。皮肉の笑みだが、同時に凍り付く思いをも味わっていた。

 
 畜生、情けねぇ。

 
 視点の定まらない瞳、回る視界。大地に食らいついている足は、這い上がる死の気色にがくがくと震えている。

首を一寸動かそうとでもすれば背中を貫いた激痛が神経を切り裂く。

 じわじわと囲みが狭まる。
 

 動け、動け!!

 
 先ずは駆けた、そして轟と振り下ろされる巨斧。絶叫と鮮血が飛び散り、視界と石畳を真紅に塗らす。

突きかかる槍を盾で流し、そのまま兵士の顔面を握ると渾身の力で投げ飛ばす。あっさりと動揺の気配を見せる兵の群れ。

ひとり、その場の指揮官らしき男に視線を定めると全力で駆け抜け身体ごとぶつかり、文字通り吹き飛ばす。

 更には転がった槍を拾い上げて頭上で振り回して、敵を威嚇する。

 これでなんとかと思った矢先。

 
 再びの激痛。

 
 それでも方向は分かった。再び集まっていた弓兵隊、ままよと拾った槍を投げつけてひとりは討ち取る。

 そして膝を付く。

 
 馬鹿な!!

 
 ぎりぎりと歯を噛む。咄嗟に立てた斧を支えにして立ち上がろうとするが、首から下の感覚は既に無かった。

 
 恐怖だった。

 
 身体がぼろぼろと崩れていく実感。

 このまま動き続ける事の意味が分からない。

 
 何故だっ!!

 魂は心の中で軋んだ。

 
 その時、気紛れな風が……

 
「逃げられました!!……曹操は……逃げました!!」

*     *     *
 
 倒れる事だけは出来ないと思った。そうする事が一歩、また一歩と死に近付く事と分かっても。

道行きを急ぐとしても、全身を冷え冷えとした感触に襲われても。

 武器が砕け、身体が散っても。

 ただひとつ……

「御大将が……無事ならば……この命……惜しくは……」
 
 ない……。
 
 

 ……吹き抜けた。






 →内容

 ▼許チョ伝▼


虎痴的視点  〜集落攻防戦〜

白路



文責:betti

 
 戈戟をひと振りする度に確実に鮮血が宙を舞う。

 膨、と空気を裂く。鈍、と地面までをも揺らす。更に、頑、と硬い物を砕く。

 残るのは肉塊であり、伝わる恐怖に際限は無い。
 

 天は紺碧、少しの瑕疵をも否定する純粋たる青玉。浮かぶ白雲は千変万化、決して駆けない、ただ姿を移ろわせながら二度無い模様を中天に描く。

そして輝玉の一点、唯一にして絶対、天に有る眩しき太陽。

 地は深緑と黄土、黄金の草原。奇岩に飾られた大山に囲まれた平原では、季節を告げる涼風と、駆け足気味の寒風が時に速さを競い合う。

 悠久の時を積み重ねるための刹那の時。

 風には血臭が混じり、大地には鮮血の染みが生まれていた。
 

 それは猛烈な熱であった。

 赤熱した鉄のようでもあったし、また白熱する太陽のようでもあった。

 この熱は男を突き動かす。

 全身を駆け巡り、渦巻き、逆巻き、そして瀑布となり轟雷の鉄槌となる。

 この熱は何処から来て、何処に行くのか。

 男にとってこの熱は意味不明であり、正体不明であった。

 だがこの熱のために男は今、両手で余る程の敵と戦っている。この熱が有るが故に戦い、この熱のために敗北を畏れる事は無かった。

戦うための熱であり、戦いが生み出す熱でもあった。

 気付いて周囲を見回せば既に倒れた敵の数は、両手両足の指の数を使ってもとても足りない程であった。

風の疾らない空気には血臭が淀み、暗澹たる恐怖の気配が霧のように広がっていく。

 
「悪来様だ……」
 
 恐怖の霧が晴れた。見えない筈の空気の色が瞬間で変わったのが誰にも理解できた。

 集う兵卒が迎え入れるようにふたつに分かれ、騎馬が歩み出る。

 巨大な男であった。だが誰もがその視線を向けるのはどうしても異相と呼べる頭頂部、見事な禿頭に対してであった。

その男は全身から輝くような気迫を発散させ、兵士達の伝える恐怖を瞬時にして吹き散らす。

 悪来と呼ばれる男。

 眉間に皺を寄せながら、だが凶悪な貌で無く、困り切った表情で溜め息をつく。

「俺は典韋という……今はこいつ等を率いて賊徒の討伐にあたっている」

 典韋は眼前の男にゆっくりとした調子で語りかける。

*     *     *
 
「たんぼを荒らすヤツは許せねぇぞぉ」

 だが男は戦意を剥き出しに、武器を構えてそう叫んだ。

 改めて見ればその巨躯は群を抜いていた。身長も体重も常人の倍はありそうであり、腹回りは大人でも三人がかりでなければ囲めそうにも無い。

鈍牛のような印象を受けるが、視線の鋭さや牙を剥いた猛獣の殺気は虎の迫力であった。

 丸めた団子のようでもあり、天から下る巨岩のようでもある。

 だが両手で抱える武器。武器と呼ぶにはあまりにも単純明快であり、それでいて凶悪。

巨大な岩石に鉄の棒を通しているだけの代物であるが、その破壊力だけは打ち捨てられた屍体から想像できる。

 その巨大な武器の前では、如何なる槍剣も小枝と大差なく、鎧もまた土壁との差違を見出せないだろう。

人と泥人形との差は、ただ動くかどうかでしかあるまい。

「殿の御為だ……許せ」

 典韋なりの深慮の言葉だが、向かってくる男には届かない。

 
 全身が炎のようであった。

 そして典韋と名乗る男が眼前に立った時にそれは最高潮に達した。何故かを説明する事はできない、だが、体中を駆け巡る熱は確実に男を突き動かし典韋に向かった。

 全てを打ち砕く両腕と砕棒。

 違う事は無い筈だった。

 
 典韋は騎馬から飛び降りた。男の武器の前では馬とて、人との間に、蚊と蝿程度の差しか認めないのだろう。明らかに差はあるが、容易に砕ける事に変わりは無い。

 襲いかかる砕棒は弾かれた。

 周囲を歓声にも似た声が走り抜ける。

 典韋の武器は斧であった。だが男の武器が巨岩であれば、典韋の斧は鉄塊。

「名乗ったらどうだ?」

 痺れる手に顔をしかめながら典韋は声をかける。

「許チョだ」

 じろりと睨み付けてくる、許チョと名乗る男。
 

「見逃してはくれねぇか?」

「みんなでこさえてきた稲、持っていくな〜!!」

 言って振り下ろされる一撃。

「……退いてくれやぁ……しねぇか?」

「返してくれるまで……退かねぇぞ!!」

「ちっ!!しつけぇなぁ……しゃあねぇ……存分に相手してやる……きやがれ!!」

 
 燃えさかる炎は天を突き、空気を焼く熱は陽炎となり世界を揺らす。

 激震の一撃、雷鳴にも似た激烈な衝撃。

 許チョと典韋のふたり。

 一方が一撃を見舞えば、また一方が一撃を返す。

 一撃毎に気迫が空気を塗り替え、熱気が天を目指して駆け上る。

 空気は硬く、重くなり、透明な筈の世界が揺らめきに支配されてくる。

 
 雷鳴の隙間、縫うように聞こえてくる言葉があった。

「それ程に許せないか?」

 許チョには最初、言葉の意味が分からなかった。

「そこまでの怒りを抱いているのだから当然か?」

 そこで漸く許チョは己の行いの意味を悟る。

「いやぁ……そうじゃねぇ……」

「なに?」

 典韋は思わず斧を下ろした。そして許チョの砕棒も両手から滑り落ちる。
 


 身を焼くほどの熱。

 それは激怒によるものであった。生まれて初めて唯一の感情に支配された、その意味は分からない。

ただひとつ、得られた言葉から許チョが理解したのは、武器を振り回す必要は無かったのでは無いかという事であった。
 


「そうじゃねぇ……とは、なんだ」

「腹が減った……」

 典韋の顔から険が失せる。

*     *     *
 
 許チョはくるりと典韋に背を向けて仰向けに寝転がる。

「ふああああ、おめぇつえぇな……おいら戦ってこんなに腹減ったの、はじめてだよ」

 毒気を抜かれた典韋はやれやれとその場に座り込みあぐらを組む。

「なあ、おめぇわしらとこねぇか」

「ん〜、みんな笑ってられて……うまい飯、食べられる世の中にするのなら一緒に行くぞ」

「よっしゃ、決まりだな」

 典韋は笑った。





内容

 ▼曹操伝▼

奸雄的視点  〜赤壁逃亡戦〜

紅の道

文責:betti

 秋も間近の紅色の空。そよぐ涼風は時に烈風の姿を垣間見せ、過ぎゆく時の儚さを刻み込む。

流れし時は、栄光の名残と敗残の無情さを、闇に向かう足取り、道行きの中で心を蝕みそして喰らわんとする。

 ただ残るものは空虚。

 蝋燭の炎を思わせる紅、見上げる天を引き裂くように渡る血色の彩雲。

 先の闇夜を真紅に染め上げ、天を貫いた戦の炎の残照か。

 延々と続く大地の上を今にも崩れ、砕けそうな大蛇が横たわっている。いや、辛うじてだが命脈を残しつつ、のたうつように進んでいた。

 その蛇の先頭には千切れて倒れそうな軍旗が翻っていた。

 どうにか読めるその文字……”曹”。

 天を焦がした先の決戦は100万を号した曹操軍を完膚無きまでに叩きのめした。

 栄光と勇敢、勝利に彩られた彩鱗は削げ落ちた。

 文字通り敗残の軍であった。

*     *     *

「関羽か……敵となると厄介この上ないわ」

 自らが思わず漏らした一言だが、周りに如何なるふうに響いただろうか、曹操は不意に気になった。

 周囲を見回せば紅の一色に染まった世界。寂寥の想いに駆られると同時に敗残の空しさが、目を逸らす訳にはいかない現実が迫ってくる。

「殿からの恩義、これを突けばおそらく」

 用心深く、地の底から吹き上がるすきま風のような声である。こちらの呟きに対して間髪入れずに声を返してきた。

改めて振り返り声の主を眺める。

 長身で深い皺の刻まれた姿、髭の殆どに白いものが混じっている。

ただ曹操が記憶しているこの男の姿にそぐわないものがひとつ、いつもは穏和そうに周囲を見回す両の瞳は

力強く見開かれ、爛々と思惑渦巻く様子を見せつけている。

「で、あろうな。程cよ側を離れるな」

 言いながらどこか投げやりな印象を曹操自身が自らの言葉の中に感じていた。

 不思議だった。

 どうにか敵軍を振り切った筈が、既に先回りされているという。

 文字通り、窮地と呼ぶべきこの状況を、何処か他人事のように感じている自分があるのに曹操は気付いていた。

*     *     *

 自然と閉じられる両目。

 疲労のための無意識の所作であった。

 騎乗する馬が地面を踏みしめる音も何処か頼りない。また無数に響いてくる兵士達の足音、

或いは足を引きずる音、槍の石突きが地面に突き立つ音。響いてくる音の全てから力強さが欠けていた。

 敗残を自覚し、どうしようも無いほどに突き付けられる現実。

 それでも自ら倒れる事だけは出来なかった。

 何のためだろうか。自問するたびに浮かび上がる一事。

 ……覇……

 遙か彼方にある。至るだけの道を探る事は出来ず、それでも求めたが故に駆け続け、時に省みた時、

自分の背後に数え切れない程の人の群れがあった。そこで気付いた、遙かな過去から続く紅の道がある事を。

*     *     *

「殿……殿っ!!」

 勁い声に我に還る。

「張遼か……どうした?」

 張遼には背後を護らせていた筈である。

 問われた張遼は無言のまま遠くを眺める。意図の先、視線の彼方を眺めると、

微かにだが空気を伝わって身体を震わせるような振動が迫ってきていた。

遠目にも砂塵が巻き上がる様子があり、軍隊の到来を告げていた。

「関羽か……」

「いえ、斥候によると孫権の軍勢……先回りされたようです」

 忌々しげに呟く張遼。同時に周りにいる兵士達からの動揺がこちらに伝わってくる。

 確かに絶体絶命と言える。負傷と疲労の極みにある敗残の軍と、勝利に意気揚がる軍勢である。

ただの兵士にとて自軍に勝利の要素が無い事は分かる。

 そんな中で、いち早く絶望の結論に達していた筈の曹操だが、焦燥や苛立ちの感情が立ち上がってくる事はなかった。

 ……この風のように……

 ただ、全てが洗い流されるのだろうか、と思っていた。

「……ですが、小勢の模様。どうやら先発隊を先回りさせて我らを足止めし、時間を稼いだ後に、

背後の本体と挟撃しようという腹では無いかと……」

 くつくつと曹操は笑った。

「周瑜の仕業だな……気苦労が絶えぬ男よ」

 冷ややかな嘲弄。

「ここは張文遠にお任せあれ」

 曹操は張遼を見ない、そして張遼も曹操の反応を見ない。

 一息の沈黙の後、張遼は馬首を巡らせる。

*     *     *

 後方に駆け戻る張遼を振り返って眺めた。

 同時に視界に飛び込むものがある。事実と雑音から知らしめられる敗残の軍。崩れそうであり、

挫けそうであり、そして倒れそうな人の群れ。

 落日の紅に染め上げられた空、大地。

 そして敗残の軍。

 未だに立ち上がる炎にせき立てられているようでもあった。

 よくやってくれている、などと感動するような事柄では無い、だが微笑みが浮かんだ。

 始まりは分からないくらいに遠い場所。いつから歩けるようになったのか、ただ気付いた時には遠く輝く”覇”を目指していた。

道は無かったが迷ってはいないと信じていた。

そして背後に残る自らの足跡はいつしか背後に立つ男達により彼方より続く紅の一筋となっていた。

 漸く気付いた。

 自分の歩いてきた道は土や石で出来てはいない。

こうして倒れてきた兵士達の、更に背後にある兵士達が先人の屍を積み上げ、流れた血液でもって道を踏み固めていったのだろう。

だからこそ道は紅であり、怨恨につなぎ止められた大地は崩れないのだろう。

 この発見は意外に面白かった。最後は自分が倒れる事で遠く微かに見える道しるべになるのだろうか。

 いつまも彼方に臨むしかない覇、最初から少しでも近付いたのだろうか。

 或いは、ただ迷い続けながら結局一歩も近づけていないのではないか。

 ……中道にして往く……か。

 曹操の微笑みは自嘲であった。

*     *     *

 激戦のただ中。

 孫軍にとって予想外だったのは間違いあるまい。

敗残の曹操軍による突撃の敢行。ある種の奇襲攻撃となり、張遼は見事に血路を開いた。

曹操は更に歩兵を展開させて寄せ居る敵兵に付けいる隙を与えず、一気に駆け抜けようとした。

 その時、一直線に駆けてくる騎馬の姿があった。

「ここを通すわけにはいかん!!」

 厳格な響きを持った声が響き渡った。

「我が名は呂蒙……曹操よ、覚悟して貰う!!」

 長大な戟を枯れ枝のように軽々と扱う様からも手練れである事は見て取れた。

 周囲を見回せば、いずれの部下も倍近い敵兵を前に動きを封じられていた。

 自然と騎馬の足を落とした。

 ここまでだろうか、と思った。ここが中道としても我が足跡だけは残るだろう、と。

 閉じられる両目。

 だがその中で激しく輝くものがあった。

 刹那。曹操は身体を震わせる。そして再び騎馬に拍車を入れ、腰の剣を抜き放つ。

 呂蒙の戟、そして曹操の剣。

 行き交う瞬間。

 交わる銀の光跡は雷鳴を思わせる轟音と飛び散る火花を生み出す。

*     *     *

 数刻後。

「抜けられただと!!」

 呂蒙は曹操を目前にしながら討ち漏らした不覚に激しく歯を噛む。

いや、それ以上に悔しい事は曹操を討ち取る手柄を劉備の軍に奪われるという事だ。

「強行軍までしつつも……諸葛亮……」

 曹操は逃げられない。何故ならこの先には劉備の軍が、そして関羽がいるのだから。

だからこそなんとかしてそれを阻止し、曹操撃破の手柄を孫家のものとしたかった。

*     *     *

「との〜」

 孫権軍の追撃を振り切った曹操だったが、既に周囲を囲む兵達は50の数を切っていた。

だからこそ、一旦、離れた許チョとの合流は単純に救われる思いがあった。

「よかっただぁ〜、とのは大丈夫だ」

 いつまで経っても変わらない男というのはこういう事なのだろう。

既に薄闇に支配される空に月は無く、希望の残り香はすべてつみ取られている。

そんな状況で笑うだけで力を貸してくれる存在、周囲の兵士達の表情からどうしようもない絶望が刹那、消え失せる。

「ふ、儂は大丈夫だ」

 肩を揺らしながら軽く笑う。

「いやぁ、とのが何処かに行ってしまうんじゃないかって……」

 言いながら恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべる。

「儂が?」

「さっきまでのとのは……まるで道に迷ったみたいだったからさぁ」

「道に……迷っている?」

「だけどもう大丈夫だと思うよ」

 許チョの本気で喜んでいる様子に、逆に曹操自身が気恥ずかしくなる。と、同時に気付いた事があった。

 曹操は背後の兵士達に振り返り力強く叫ぶ。

「劉備の軍はまだ儂等を捜しているだろう……

 だが我が覇道に遅滞、後退、何れも無い。

覇道とは常に自らの力で踏みしめて往くもの、そして儂には求めるべき覇を常に心に抱いている。

畏れるな、省みるな、そして儂が歩む道から足を踏み外すな。諦めずに戦い続ける者のためならば太陽は降りず、落日は無い」

*     *     *

 一丸となって駆ける曹操達。城まであと少し、河と山に囲まれた場所にある放逐された陣営を駆け抜けていた。

既に曹操自身も体力の限界を超えていたし、部下達とて違いは無かった、それでも、いや、だからこそ曹操自身崩れる事が出来なかった。

 今この時、部下達は曹操の運命と自身の運命が重なっている事を理解していた。

 だからこそ、曹操は崩れる事は出来ない。

 省みる事も、足を止める事も出来なかった。曹操は一息入れてから、軽い溜め息をつく。

「ふん、他愛もない。ワシならここに兵を……」

 呟いた瞬間、許チョが騎馬を進めて壁となる。

 なにごとか、と言いかけた曹操に兵の一人が声を挙げる。

「伏兵です!あ、あれは……趙雲」

*     *     *

 暗雲は気付けば烈風に切り裂かれていた。薄闇に照らされて輝き渡る烈火の気合い。

「逃しはしないぞ、覚悟めされよ!!」

 山の前後から下り来る劉備軍騎馬隊。

「前後を挟まれたか……」

 だが曹操の瞳に映るのは一点、自らの覇のみ。

 許チョが前に出る。この男も命を賭けるだろう、そしてそれを留める事は出来ない。

「頼む……」

 これが更なる突撃の合図であった。

 穏和な親衛隊長の突撃は劉備の雑兵を蹴散らした。両腕で振り回す巨大な錘には巨獣の顔面が刻まれていた。

過日、鬼神の強さを認めると同時に、福々しい許チョの顔を揶揄したつもりもあった。

 曹操は最後に選抜した部下を連れて許チョの後を追う。だが攻め寄せる敵兵の厚みは最早死にかけた軍勢でどうか出来るものでは無かった。

 そして彼方から迫る土煙。

「新手か……」

 曹操はそれでも覇を望む両眼を垂れる事はしなかった。

 劉備軍の中から絶叫、悲鳴が響く。

「我が武を持って守護の盾とせん!!」

「徐晃かぁ!!」

*     *     *

 乱戦の最中、曹操は孤立している自分に気付く。

 降りきった闇夜の帳に周囲を囲まれ、時に月影が薄く輝く。分厚くたれ込めた空気の幕は剣戟の響きを遠くに退け、近付く男の気配を否応なく研ぎ澄ます。

「まさか……このようなかたちで遭おうとはな……関羽よ!!」

 赤き巨馬に跨る誇り高き武人の姿。

「赤兎を駆って我がもとを去り……今日、赤兎を駆って我が前に立ちはだかるか?」

 曹操は刃を突き付け、そして語る。

「往かれよ曹操殿……過日の恩義、お返し致す」

 曹操はただ、うむ、とだけ頷いた。


内容

 ▼夏侯淵伝▼

夏侯淵的視点  〜定軍山挽回戦〜


文責:サソリ屋


目の前に、やたらでっかくて急な山。定軍山、って言うんだと。

 急な斜面を睨みつけながら、はらわたが熱くなってくるのを俺ははっきりと自覚していた。

「劉備め…」

 天蕩山、陥落。敗走した張合軍は、定軍山麓の夏候淵軍と合流――

 ついさっき、そんな注進が飛び込んできた。

 相も変わらず、劉備の軍は強えぇやな。まず思ったのは、まあそんなこった。

劉備軍――今は蜀軍とか呼んだ方がいいのかもしれねぇが、とにかく俺たちは今そいつらと、漢中争奪の真っ最中でよ。

 で、その次にこう思った。俺たち魏軍の拠点ってーのは、天蕩山と定軍山。

向こうとしちゃあ、この二つさえ落としちまえば、戦には勝ったも同然てわけだ。その片っ方は、もう落ちた。

 つまりこれから蜀軍総出で、この夏候淵様の陣へと向けて、攻め寄せてこようとしてるってわけだな?

 ……こりゃ、燃えない方がおかしいってもんじゃねえかよ!

「この夏候淵様をなめるなよ!?一人残らず、そっ首もいでくれる!!」

 陣営で一人吠え猛る俺。熱くなりすぎるのが悪ぃクセってことは惇兄からなんべんも言われてるんだが……ま、いいじゃねえか。

前線に立ったら、激情は必要不可欠ってやつだぜ!

 と――

「将軍…」

「…おお」

 いきなり後ろから呼びかけられた。正直、振り返るまで俺には誰だかわからなかった。

 張コウだ。

「私としたことが、天蕩山を奪われてしまうとは……」

「…………」
 思わず、戸惑っちまった。

 うつむき加減で出すその声に、びっくりするほど覇気が無え。常に意味も無く特大だった、謎の自信が消えている。

 子桓のやつの嫁さんと、いつもわいわい騒いでた、やたら艶々の黒髪も、今はすっかりおぼろ髪。

 ……落ち込むんだな。お前もよ。

 そう思ったとき、俺は何となく、微笑んでいた。

 ただの色ボケ将軍じゃねえ。ちゃんと悩めるし、凹めんじゃねえか。

「ま、長いこと戦やってりゃ、そんなこともあるわな」

 肩をすくめて、言ってやる。負けることも有るなんてことは、旗揚げの頃から孟徳兄の姿を見てきた、俺や惇兄が一番よく知ってるこった。

 ……失言だったか?

「ですが……」

 張合がそう言いかけたのと、

「報告!」

 ――が入ったのは、ほぼ同時だった。

「敵将黄忠、山頂に陣を展開しています」

 ――来やがった、か――

「おお」

 頷いて、張コウの肩を軽く叩いた。

「ちょっと行ってくるわ。傷は手当てしとけよ?」

 後ろ手に手も振ってやる。

 乱世に長く戦ってきて、もうひとつ、俺が知っていること――負けても、生きている限り、失点も自信も取り戻せる。

 例えば今、俺がここを凌ぎきれれば、張コウも討たれる心配は無えし、とすりゃあ、ちゃんと復活できる。

 それはそれでハタ迷惑だが……ま、見てて笑えないことも無えしな?

 俺が作るよ。その機会。

「ああ……。将軍、なんと美しい……」

 ……だからその、自分抱きしめて悶えるのだけはどうにかならねぇもんなのかなぁ……?

*     *     *
 
「本陣は、私が絶美な陣形でお守りします!」

「別に普通でいいからよ!取りあえず、無理だけはすんじゃねえぞ!?」

 背後から響く、まぁざっと半分くらいは覇気を取り戻した声に応えて、俺は本陣を飛び出していく。

 ――余計な力が抜けていた。それがあいつのお陰だったと、気づくのはもう少し先のことになる。


 
「どりゃああああああっ!!」

 逆落としに攻めてくる蜀の兵士を、俺が振るった九天断が吹き飛ばす。

 行ける――最初の一群を撃退したとき、俺はそう確信していた。

 この定軍山、兵が一度に攻め込めるような広い道なんざ一本も無え。いくら逆落としっつったって、ぶつかる兵士はほんの少しずつなんだ。

 守るのは、俺一人で充分――どころか寧ろ、かなりの勢いで押し返し、もう中腹の辺りまで来ちまってるんだが。

「くぬっ!」

 九天断をかいくぐり、ひとりの兵士が抜け出した。

 ――甘ぇ!

 ヒュッ!

 振り向きざまに放った矢が、そいつの背後を貫き通す。

「こっから下に行けると思うな…?」

 にやりと笑って、たじろぐ蜀の兵たちに言う。

 思わず後退る敵へ向け、そのぶんだけずいと踏み出して――


「!」

 そいつが見えたのは、その時だった。

「やりおるのう……」

 緑と黄色が基調のいでたち。黒馬と、剣と、そして弓。

 こいつが――黄忠!

「へん!じじいが出てきて、この夏候淵様を止めようってのか!?」

 ぶぅん、と得物を振りかざす。

「だが」

 が、黄忠はにやりと笑って、ゆっくりとその手を差し上げただけ。

 いぶかしむ間もあらばこそ――

「――これならどうじゃ!」

 ブンッ!

 その手が振り下ろされると同時――駆け上ってきた山道の横から、敵兵が一斉に飛びだしてくる!

「な……」

 そんな……まさか、間道!?

「くそぉぉぉぉぉぉっ!!」

 怒りの声挙げ、きびすを返し、俺はやつらの背後に突っ込む。そのまた背後に、敵が突っ込む。

 剣戟が、矢が、飛んでくる。かわしてる余裕なんか無い。痛みをこらえて、跳ね返すだけだ。

 細くなる目に見えるのは、攻め込まれている本陣と、敵に囲まれる張コウの姿。

 駄目だ。見ればわかった。俺が行くまで保ちやしない。

 畜生……畜生……!

「――ああ、崩れていく――」

「すまねぇ、張コウ、すまねぇ……ッ!」

 なます斬りにされている、俺の方ももう限界だ。枕並べて、漢中の土におねんねかよ……?

 絶望し、ばったりとその場に崩れ落ちかけた――刹那。

「去ねぇぇ――――いっ!!」

 轟――!!

 何もかも打ち砕く力を持った、麒麟牙が撃つ破壊の風が、群がる敵を吹き飛ばす!

 今のは……!?

 何とか身を起こし、衝撃波が飛んできた方を見やれば、岩場に敢然と一人佇む、あまりにも頼もしい隻眼の男!

「夏候元譲、これに在り!」

「惇兄!」

「惇兄――!」

「お前が呼ぶなっ!?惇兄、とっ!?」

 本陣の方にがなりたて、張コウをきっぱりと差別してから、惇兄は山道に飛び降りる。

 張コウを遙かな背後にかばって。

「じき孟徳が来る!いましばらく耐えよ!」

 そうか――来るのか――孟徳兄が……!

 自然とわき上がってくる力。それに後押しされるようにして、俺は黄忠の方を睨んだ。

 じじいは流石に、動揺した様子も見せないままで、

「援軍じゃと?まとめてたたいてくれるわ!」

「おい、じじい――!」

 瓢――!

 駈け出そうとするその足下に、渾身の力で矢を放ってやる!

「この――夏候淵さまが相手だ!」

「若僧が……うちのめしてくれるわ!」

 黄忠の剣と、俺の棒。

 ぶつかりあって、火花を散らした。

 俺の方が押したのは、惇兄、張合、孟徳兄と、後ろで見ている連中が、背中を押してくれていたからか。





内容

 ▼張遼伝▼

張遼的視点  〜合肥奇襲戦〜


文責:Ail


魏呉の境となる合肥城。

長年の睨み合いを経て、呉が進撃してきたという報は__

皮肉なものに、合肥の補給地点ともいえる城が落とされたことにより、知らされた。

呉軍は数万の兵。魏はわずか数千の兵を有しているに過ぎない。

そして、勝ち戦であると確信している呉軍の士気は高いとみえた。

仮にも合肥は最前線。そんな場所に配属されているのだから、覚悟が無いわけではない。

しかし明らかな敗戦を悟り、意気を落とさぬ者などいないだろう。

何度か拾った命をとうとう落とすのだと、自分も一瞬決心した。

一瞬だけ。
 
 *     *     *
 
慣れた道。慣れた場所。無為にこの地で月日を費やしたわけではない。

どこを駆ければ敵の背後を突けるか。その程度は知り尽くしている。

騎馬で青き大地を駆け抜ける。快いと同時に、わずかな緊張が武器を手に吸い付かせていた。

そして最早、自身を動揺もさせない事実を吐く。

「数の上では我が軍が不利・・・」

それは認めよう。

「・・・しかし!」

駆け始めて間も無く、眼前に朱い武具を着けた兵士が見えた。呉兵。

突如の急襲に驚いたように、数人の呉兵はこちらを振り向く。

そこにはまだ、数の利から成る侮りがあった。

しかし、本当に戦の勝敗を左右するのは、そんなものではない。

「機略と覇気!二つをもってこの戦__」

取り囲もうとする呉兵の攻撃をすり抜け、その頭上高くへ跳びあがる。

戦場の風が取り巻き、その跳躍を予想以上に高いものにさせた。

「__勝つ!」

こちらの動きも予測出来ぬまま、呉兵はあっさりと蹴散らされる。

その目には驚きが満ちていた。

追い詰められた者がどんな行動に出るのか、理解出来なかったのか。

それともこれが、初めから追い詰められてなどいなかった自分達の、全力の威力というものか?

どちらにしろ兵がこの様子では、将を混乱に導くことも容易い。

数々の偶然、いや、運命の必然が、大局の横転を阻む。

それが伝説と呼ばれるのだろう。勝つときも、負けるときも。

そんな場に立ち会える今に、妙に高揚を覚えるのは、いささか楽観だろうか。

だが、この疾走の果てにあるのが勝利という事を、疑う気は微塵も無い。

「張文遠、推して参る!」
 


この地を守ってきた、たかだか三人の将兵。その結束は鉄壁ともいえない。

「味方を鼓舞し、敵の士気を挫く!」

しかし味方に叫んだその言葉に、大きく呼応して響く号があった。

姿が見えなくとも、その意志は伝わる。即ち、勝利を。

表し方は異であるといえど、その奥底は繋がっていたのだろう。

ならば存分に揮ってやろうではないか。この地に息吹いてきた、魏の誇りを__

「いくぞ!我らの武勇を見せつけるのだ!」

 *     *     *
 
交戦が始まり、こちらに向かう白馬の将がいた。

取り囲み、各個撃破を狙った戦術。確かにそれは間違いではない。

だが、機動力に優れた騎馬を捉えるのは難しい。

案の定包囲はさしたる苦労も無く突破できた。陣を崩され、動揺する将へと斬りかかる。

一太刀に倒れたことを認めさせるように、戦場へ声を轟かせた。

「魏将張文遠、これにあり!」

将を倒された兵達は動揺と混乱に沈み、その利は失せる。

もはやそれを追撃する必要は無い。即座に移動を始めた。

交戦を開始早々、将を討たれたことに双方の軍に動揺が走る。

片方は驚きと歓喜をもって。片方は驚きと一抹の懸念をもって。

「よし、意気を上げろ!耐え抜くぞ!」

城を守る楽進どのの指示が飛んだ。死守せんと守備兵長の声が上がる。

この分なら当分城は保つだろう。その間になるべく多くの将兵を討たねばならない。

時はそれほど無い。その焦りが、悠長に兵に取り囲まれる事態を遠ざけていた。

やがて東の交戦地帯に辿り付き、指揮を取る将を探そうと首を巡らす。味方の将、李典どのの姿は無い。

ふと途切れた戦場の喧騒に、場違いな音が響き渡る。

___鈴。

「その首、もらったぁ!」

「・・・・・・・!」

急襲していたはずが、逆に背後を取られるとは。

わずかに自身を叱責しながら、振り向きざまに刃を交わす。

「甘興覇、か・・・っ」

合肥の補給地点、つまり皖城に一番乗りを果たした将だった。

その勇猛さは数の利など頼りにしない。この場では厄介な相手だろう。

一合打ち合っただけで確信した。相当な力量を持っていると。互角か、勝てるか、負けるか。

この場で勝敗を決し、積年の借りを返す。誘惑に似た考えが脳裏を過ぎった。

「さぁ、いくぜ!」

そんなこちらの思いを知ってか知らずか、甘寧は猛攻を仕掛けてくる。

どちらにしろ、不意打ちが効くような奴でもない。だがまともに戦えば、城が危機にさらされる。

「押し込め!一気に押し潰すのだ!」

間が悪いことに敵の本隊も本来の攻勢へと転向した。

やむを得ず、先に甘寧の相手をしようと馬首を返す__

「・・・!?」

甘寧の居た場所を唐突に刃が貫いた。隙を突かれたそのわき腹から、血が飛ぶ。

疑問に思うより先に、見慣れた姿が現れた。

「李典どの!」

「・・・早く行け。楽進どのの為にな」

楽進どのの為に、味方を救援に向かわせる。だからその味方は敵に討ち取られるべきではない。

素直ではないその遠回しな言い方に、苦笑を浮かべた。

「では__頼みます、李典どの」

いつの間にやら集まってきた甘寧の配下を薙ぎ払いつつ、また城へと舞い戻る。

少数で展開している指揮下の兵が、どれだけ自分に付いてきているのか。確かめる間も無い。

誰が生き残っても良い。ただ勝利をもたらさねばならない。きっと誰もが、自身の生存を偶然と考えるだろう。

勝った時に死に、負けた時に命を拾う。数奇であることを否めない運命。

それがこの戦をどんな結果に導くのか、知るのは死の間際か、それとも__

「いけるぞ!我らも続け!」

すれ違いざまに切り伏せた将の姿を見て取り、珍しく高揚した李典どのの声が聞こえた。
 
 *     *     *
 
早朝から始まった戦は、既に正午を過ぎている。

無数の手傷を気にする間も無く、最後の関門といわんばかりに立ちふさがる影を見つけた。

敵将の大半は討ち取った。楽進どのはその守勢を崩さず、李典どのも甘寧を打ち払った。

つまりこの男こそが、勝敗を決定付ける最後の要因となるのだろう。

だが確信する結果は、きっと訪れる。信じなければ得られるものも得られない。


 
馬上で深く息をつき、灼熱の陽光の下、頭上へと得物をかざす。

男の鞘からも涼しげともいえる音が零れ落ち、白銀が現れた。

言の葉が意味を為さなくなる、この空気。どこか静寂を覚える。

始まりを告げたのは相手だった。

「・・・・・・いざ・・・」

頷くのではなく、相手に向かい駆けることで肯定した。

己の一手が勝敗を決する。それは自分にとって、後世に語り継がれるより幸福な実感。

浮かぶ笑みを得物を握る力に変えて。国も忘れ、ただの武人として勝敗を決しようではないか。

さて、勝つのか負けるのか。

 

「__いざ、勝負!」





内容

 ▼司馬懿伝▼

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内容

 ▼徐晃伝▼

徐晃的視点 〜樊城救援戦〜

作:サソリ屋

風。

 ここに極まりし武の風が、拙者の肌に吹きつけてくる。

 堅気の精神を抱く者なら、一も二も無く背を向けるだろう、圧倒的なその向かい風に。

 昂揚し、立ち向かってしまうとは、我ら武人とはなんと因果なものでござろう。

 そうは思われぬか?

「関羽殿――!」

「おおおおおおおお――!!」

 ギィィィィィィィ……ン……!



 我、徐公明が白虎の牙断と、関雲長殿の青龍の太刀が。

 不吉な雲の立ちこめる、樊城外の戦場で、馳せ違い、打ち合い、吼え交わす。

*     *     *

 樊城の曹仁殿御苦戦。至急救援に駆けつけよ――

 その急報を受けてこの方、ほぼ不休にて馬を飛ばして参ったのだが。

 辛うじて間に合った、というのが正直なところでござる。

 ――徐公明、ただいま参上つかまつった――

 拙者がそう吼え申したのと、関羽殿が攻城兵器で総攻撃に打って出たのは、まったくの同時だった故。

 関平殿、廖化殿、周倉殿。関羽殿に付き従われる、いずれ劣らぬ忠勇の武人。

 彼らが死守し、押し出してくる攻城兵器を、拙者と――そして、拙者と共に武の道を歩む、我が徐晃軍の兵たちは、何とか破壊し申した。

 守るべき雲梯に、投石車に、殉ずるかのように散った諸将に、拙者はどうしても告げとうござる。

 ――お見事な武でござった――

 と。

 そして、その武をしかと受け継ぎ。

 ――もはや退くわけにはいかぬな…――

 蜀本陣の門が開かれ、軍神の姿が我が前に現る。

 ――関雲長、これより鬼神となって戦おう――!

 …………!

 そのお姿を、目に留めたとき。

 拙者は、全軍をもって打って出られた曹仁殿すらも置き去りにして、赤兔馬にまたがる彼の御仁へ向け突っ込んでいった。


*     *     *

 そして、今――!

「徐晃どの……」

 一合目の余韻も消えやらぬうちに、関羽殿の声が響いた。

「我ら武人とはなんと因果なものよ。友といえども、最後は交える刃で語るのみか…」

(関羽殿……)

 ほんのわずかに、虚しい想いが襲い来る。

 ――かつて――曹軍の軍門に降った彼が、去り際に、張遼殿に向け告げていた言葉。

 ――次に交わすのは、刃か盃か――


「関羽殿!」

 振り払うように、拙者は叫んだ。

 我ら武人の胸中は、酒と舌では底までは語れぬ。

 武に生きる者が、真に雄弁になれる瞬間――それは即ち、今ここに。

「私情で武を曇らせまいぞ!互いの信じる大義のために!」

 純然と澄み切った心にて、刃と刃を重ね合わん。

 そして競わん。語り合わん。

「――いざ――!」

 ダッ!

 両の武人が、風となる。

 中原の土を蹴りたてて、我らはいつ果てるともなく、互いの武の極みを競わせ続ける。


それが最後の機であったことは――今にして思えば、あの嫌な雲が教えてくれていたのやも知れぬな――

*     *     *

内容

 ▼張コウ伝▼

華麗的視点  〜祁山追撃戦〜


文責:時計姫


「美しくありませんね・・・。」

 小さく零した言葉を耳聡く聞き取ったものが、珍しい事だと振り返ります。けれど、これは本心でした。

 勝利は美しく、敗北は醜いもの。いつだってそれが私の美学でした。

 戦に勝つ度私はその優越に酔い、敗走する度悔しさに涙したものです。

 此度の戦は、確かに我が方の勝利でした。なのに何故、かくも醜いと感じてしまうのでしょうか。

 それもこれも、目の前を情けなく背を晒して逃げていく、敵将の所為かもしれません。いいえ、きっとそうでしょう!

 ならば・・・。

「醜い者は、滅ぼさなくてはなりませんね・・・。」

 私の一言に、部下達は大いに沸き立ちました。それを見ていると、少しだけ哀しくなります。

 何も気付かず、勝利の美に酔いしれているのでしょうか? この先の、未来にも?

「張将軍。この先は罠だ。進んではならぬ。」

 出陣の合図を下そうとした私を、止める声があります。本陣に居る筈の軍師殿、その人でした。

 私を心配してくれる方も居たのですね。魏国の中で少し孤独を感じていた私には嬉しい言葉でしたが、この決意はそうは変わりません。

「全て、承知の上です。どうか出撃の御許可を。」

 思えば私は、死に場所が欲しかったのかもしれません。裏切った主も、仕えた主も既にこの世に無く、戦友たちもとうに戦場の華と散っておりました。

 そうしてただ一人生き残ってしまった事にも・・・いい加減、美しくないと嫌気がさしていたのでしょうね。

 それと、もう一つ。私は軍師殿の顔をまじまじと見つめました。

 隠しているつもりなのでしょうけど、連日の戦の所為でやつれてしまっているのがよくわかります。諸葛亮、あの男の所為で。

 軍師殿だけではありません。幼い陛下も、亡き戦友たちも、皆あの者の為に苦しめられてきたのです。

 せめて、この命と引き換えにしても、一太刀浴びせたく存じます。

 そう思ったのが伝わったのでしょうか?長い沈黙の後、軍師殿は静かに頷きました。

 確認して、背を向けた直後―――


「その命、無駄にはするなよ。」


 小さいけれど、確かに軍師殿の声でした。振り返ると、あの人は既に本陣へと馬を走らせていたのですが。

 必ずや――

 その背中に誓い、高く掲げた朱雀紅を振り下ろしました。

 いざ、出陣。狙うは敵将・魏延の首です。


*  *  *

 異変にはすぐに気付きました。敵兵の逃げる先に、一つの門を見つけたのです。

 一目で罠だと判る造りでした。内なる自分は、その先に進むなと告げています。

 けれど、私は敢えて誘いに乗ることにいたしました。策が仕掛けられていたとしても、打ち破ればこちらの勝利です。

 何が私をそうまで思わせたのか、自分でもよくわかりません。

 けれど、出陣前の覚悟だけは、少しも揺らいでいなかったことは言っておきましょう。


 門を潜ったその途端、頬に熱い衝撃が走りました。咄嗟に後ろに跳ぶと、今まで立っていた地面は矢の林と化しています。

 そこで初めて、私は蜀軍の意図の全てを知りました。

「将軍!退路を断たれました!!」

 部下が、絶望的な声で叫びます。動揺と恐怖は、あっというまに全ての兵士に伝わっていきました。

「落ち着きなさい!」

 一喝し、近くの弓兵を切り裂きました。身体に幾つか矢が突き刺さりましたが、気力で腕を振るいます。

 死ぬのだと、直観的に思いました。私は此処で死ぬのだと。

 ならば、どうせ死んでしまうのならば、出来るだけ多くの敵を道連れにして差し上げようではありませんか。

 それが私の美学というものです。

 痛みは肩に、脚にと増えていきましたが、私の行く手を阻むものにはまだ程遠いようです。

 この果敢で美しい姿に突き動かされたのでしょうか?後方を振り返ると、先程まで混乱していた筈の部下達は皆、決死の覚悟で敵軍と戦っておりました。

 ああ、それでこそ我が軍です!!感動のあまり、全員に褒美として化粧道具を配りたいところでしたが、今はそんな場合ではありませんね。

 その時初めて、死にたくないと思いました。かくも美しい部隊を、こんな所で散らせるわけにはいきません。何としても、勝たなければ。

 私は高らかに激を飛ばしました。

「皆さん! 華麗に戦いなさい!!」

 そして走りました。ここで死んでもいい、などという考えはいつの間にか露と消えておりました。

 それほどまでに強い生への意思が、私の中に芽生えていたということなのでしょう。


「此処で醜く潰れるがいい!!」


 敵将がそう叫ぶのが聞えたかと思うと、突如大岩が私達を襲ってきました。それをかわすこと自体は、苦もないことですが。

 しかし「醜く」とは。聞き捨てなりませんね。

 素早く跳んで岩をかわし、私は敵将を睨みつけました。せいぜい、笑っておきなさい。

 優位で居られるのも、今のうちですよ。


  *  *  *


 大岩を潜ったところに、敵軍の総大将はいました。満身創痍の私がどうやって討ち取ったのか・・・。最早記憶にもありませんが・・・。

 気付けば私は、兵士達の歓声に包まれて立っていました。敵軍の兵はどこにも見えません。この事が示すのは一つ。我が軍の、勝利だったのです。


 ああ、生きている―――。


 その事実に気付いた時、真っ先に思ったことがそれでした。

 一度、確かに散ることを覚悟した筈なのに、この胸を熱くする喜びは一体どうしたことでしょう。

 情けないことに、涙まで滲んでまいりました。ああ、美しくない!

 
 けれど、霞む視界の中に映る世界の、なんと麗しいことか。

 かくもこの世が美しく見えたのは、私の人生上初めてだったと思います。

 何時までも泣いているわけにはいかないと、私は涙を拭きました。


「皆さん、大変美しい戦いでしたね。」


 少し語尾が掠れてしまいましたが。

 再び湧き上がった兵たちの歓声が、全てを消してくれました。





内容

 ▼甄姫伝▼

傾国之美女的視点 〜冀州番外編〜



文責:那智



袁家の本拠である冀州に、曹操軍が攻め込んできて数日。

単なる小競り合いを繰り返しているようでも、その包囲は確実に狭まってきていた。

 
その小競り合いの間、何度か城外で戦っていたが、ある日、ふと視線を感じた。

振り返ると、馬上からこちらを見ている一人の若い武将―――その甲冑の設えからして、高い地位にありそうな男がいた。

もしや、これが曹丕だろうか、と何とはなしに思ったとき、遠くから大声で彼が語りかけてきた。

「女よ、この曹丕の元へ参れ。天下を見せてやろう」

ああ、やはり。

若いながらも威厳の滲むその態度は、名のある武将だろうと思った通りだった。

そして我が夫・袁煕の、名門にありがちな軟弱さとは比べ物にもならない。

そんなことを考えながら、曹丕の誘いを即座に笑い飛ばせないあたり、早くも自分は迷っているのだろうか。

だが、名門の名にしがみつくだけの夫と、こうして野心に溢れる曹丕……どちらが優れているかなど、わかりきっている。

*     *     *
 
「心配は無用。兵に手出しはさせない」

黙ったままでいるのを、曹丕はどう受け取ったのか、更に言葉を連ねてきた。

その大声での呼びかけが、本陣まで届くには時間はかからない。

「さあ、こちらの陣までくるのだ!」

と、曹丕が言い募ったところへ、夫の忌々しそうに響きながらも、どこか優越感に浸った声が聞こえた。

「愚かな曹丕よ……例え天が落ちようと、私が裏切られることなど、ありえぬ!」

その自信は一体どこから来るというのだろう。

誘いを受けるか蹴るか、選択するのは袁煕ではない。誰の指図でもない、この私なのだ。

言葉通り、曹操軍はこちらに手を出そうとはしない。

最後に―――これが本当に最後になるだろう。

それなのに、本陣にいる夫の姿を見ようとも思わず、まっすぐ曹操軍に向かって駆け出した。

「曹丕様。あなたの言葉を信じて参りましたわ」

頼ったものは、曹丕の言葉一つだけ。それが本当に信じられるものかは定かではない。

だが、自分の選択で自分の運命が変わる。これほど爽快なことはないではないか。

その袁煕も命じられた結婚であり、自分で選んだ伴侶ではなかった。

あのまま袁煕といれば、滅びへの道を共に歩むだけでしかないのだから。

 *     *     *
  
城内に入ってすぐ、門が閉ざされ、曹操軍本陣との連絡が絶たれた。

そして、先ほどから曹操軍の他の武将を狙わず、ひたすらこちらを狙ってくる一団がある。

――――袁煕はそなたに刺客を放ったと聞いた、用心するように。

城に攻め込む前、曹丕からそう聞かされたことを思い出した。

あの狭量な男のことだから、十分にその可能性はあるだろう。

情報を得たとき、一抹の情けなさと、一抹の懐かしさが胸を過ぎっていったが、最早どうにもならない。

共に歩む筈だった滅びへの道は、既にはっきりと分かたれているのだ。
 
 *     *     *
 
「この私を裏切ったこと、後悔するがいい!」
 

袁家は追い詰められ、袁煕一人が残るのみとなっていた。

多くの兵に取り囲まれながらの姿は、善戦していると言って良いだろう。

真正面から近づくと、彼はこちらの姿を認めて、凄まじい怒りの念をぶつけてきた。

そんな気概があったのなら、もっと早くに見せて欲しかったと思った。

そうすれば。それを見ていたなら、自分はどんな選択をしていたのだろう。

今のこの選択を、後悔したのだろうか。

そんな感傷的なことを考えずにはいられなかった。

本意であろうと無かろうと、数年も夫と呼んだ男なのだから。

だが、それももう終わりだ。

袁煕が多くの傷を受け、少しずつ動きが鈍くなってきているのを、平然と眺めていられなかった。

望んだ夫ではなかったが、憎んだ夫でもなかったのだ。

 
せめて最期は、この手で。

古より、多くの男女が願ったであろう形を、自分もまた願った。

*     *     * 
 
袁煕が討たれたことにより、城門は開放され、真っ先に曹丕が飛び込んできた。

心配したぞ、と言いながら駆け寄ってくるその姿を眺めながら、自分は少々放心状態でいたらしい。

「そなた、これより片時も私の側を離れるな」

それはどこか傲慢さが滲む物言いだが、何故かそこに安堵を感じた。



内容

 ▼曹仁伝▼


曹仁的視点 〜江陵攻防戦〜



千里の道標


文責:betti


 
 過ぐり往く時を思わせる宵闇の中、薄れる色彩は暗灰色の中に沈み込んでいく。

 墨色に染まる大地の中に一点、山間に有る城塞。

 石組みの壁面が彼方まで続き、いやが応にもその巨大さを主張する。

その高みに立ち尽くす男、自らを引き比べ何と小さき事かと常に捕らわれながら、その小を持ってこそ大を成さしむ事を彼は知っていた。

 これは一個の戦いである。

 男は城壁に立ち、腕を組む。遙か彼方を眺望する遠き視線の中に、静かなる吐息が白く変じつつ刹那の風が闇と共に運び去っていくのを捉える。

季節の風が肌を、衣服の中に潜り込み体温を奪い、そして抜けていく。

だがそれが今の彼には逆に心地よかった、燃え上がる闘志は夏場の陽炎を思わせる熱気を伴い身内で渦巻いている。

「曹子孝……参る」

 呟いて翻す。

*     *     *
 
 閉ざされた扉が偉容を誇る巨大な城壁。門前に整列する騎馬隊を横目で眺めつつ、用意された愛馬の前に立つ。

曹仁は再び騎馬隊に一瞥を投げかけるが、薄闇に閉ざされた世界ではそこに整列している事しか分からない。

 だがその整列だけで充分であった。

 勝利だけでなく、連戦、敗戦を経験してきた歴戦の部下達。

 燃え上がる闘志だけは闇の帳に於いても覆い隠す事の出来るものではあるまい。

 騎馬に飛び乗る曹仁の前に、転がりつつ城門の前に立ち塞がるふたりの男があった。

「なりなせぬ曹仁さま!行けばこの城が落ちます!」

 それでも力強い声音であった。そして驚きが空間を張りつめさせ、更に伝播して行く中で誰もが口を閉ざした。

 その時、曹仁は微笑を浮かべた。

「将兵の命も守れずに、城を守ることなどできようか」

 朗々と響き渡る言葉であった。

 静謐と言える闇、時の空隙とでも言うべき世界の創出。それは視覚の、否、人の存在を拒む冷ややかな洞窟の中にでも迷い込んだかのような錯覚を与える。

闇の中の沈黙、立つ瀬を失った中、彼方にのぞく光点。

 曹仁の言葉は、彼が発したが故に、まるで世界の全てに響いたかのように感じられた。

 更に充分の沈黙の後。

「開門!」

 曹仁は叫んだ。

*     *     *
 
 突出した為に包囲された牛金。

 これを助ける事は彼にとって自明の事だった。

 或いは打算であるという想いもある。最低でも部下を助けずに数の道理で見捨てる姿を見た他の部下達が、率いる将の資質を疑うのは当然の事だ。

明日は我が身としても死に場所を得ずに死する事の空しさは味わいたくはないものだろう。

 武人の恐怖は常にそこに由来する。

 恐れを去った時に得られる強さ。それは心根の強さであり、最後の己を支える強さであった。将はそれを導く、なれば軍は折れない。
 


 曹操という男に託されたものがあった。

 何を?

 兵士を、城を、それとも国か。或いは、曹操という男の命。で、あるか?

 違う。


 
「曹仁……貴様の肩に託す」

 曹操はそう言って曹仁の肩を軽く叩いた。

 赤壁で大敗してきた曹操。自身も総身に傷を負い鮮血の紅に染まった着衣、鎧に流れ込んだ血は凝固し薄暗い黒鋼色に変じていた。

周囲には城内に入った途端に崩れ、倒れた兵士達が涙を流していた。

 いずれの兵士も無傷とはほど遠かった。

 そして流されている涙。悲しみや悔しさ、何れの感情が呼び覚ました涙だろうか。

苦しい戦いを生き延びた事の喜びか、それとも更なる戦いに向かう事への苦痛か。
「死なぬようにな」

 いつの間にか背後に回っていた曹操の言葉が耳に届いていた。

*     *     *
 
 導かれているという感覚が正しいのだろう。

 曹操の本心が何処にあるのか、未だに確信は抱けない。ただ、言葉通り全てのものを託したのだろうとは分かった。

だからこそ護るために武器を振るう事とした。

 死する事はせぬ。

 自らであろうとも、他者であろうとも。

「今しばらく耐えよ……牛金……今、参る!」




内容


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